諏訪森だより

特定非営利活動法人浜寺諏訪森を考える会

これまでの活動

1. 諏訪ノ森駅駅舎保存活用の始まり

浜寺小学校百周年記念誌 「浜寺諏訪森を考える会」は「まちづくり」のためのボランティア団体で、そのきっかけは南海電鉄の高架事業によって、歴史ある現諏訪ノ森駅駅舎が撤去されることに問題意識を持った、一部住民の郷土への思いが発端です。
かつて浜寺には白砂青松の美しい砂浜が広がり、別荘地や閑静な住宅地として、その地名は堺に限らず広く知れ渡っていました。ところが昭和40年代の高度成長期に砂浜は埋め立てられ、沖合は臨海工業地帯となりました。海岸近くのお屋敷の住人は公害を恐れて退去し、まちの様相は一変したのです。経済成長のためとはいえ、古き良き地域の財産を当時の住民が簡単に手放してしまった事実は免れません。
現在浜寺にはシンボルと自慢できるものが無く、住民の郷土愛や地域力も低下しつつあります。子どもたちに残せるものが見当たらないこのまちでただ一つ、昔の海岸風景を映し出すステンドグラスを有する「諏訪ノ森駅駅舎」がそれに値する、地域の文化財だと言えるものだと思います。
平成15年度に地元の浜寺小学校創立百周年の記念誌を作成するにあたり、「地域と共に」という標語を掲げ、表紙に地域のシンボルとして「諏訪ノ森駅駅舎」を校門と共に掲載したのもそのためです。

2. 行政の動きと活動の組織化
(諏訪ノ森駅舎の保存を考える会発足)

少し早い時期から浜寺公園駅保存活動が隣接する校区のまちづくり組織によって進められていました。その一方で両駅舎の保存活動を察した堺市が、両駅の持つ社会的価値に注目し、ワークショップ/勉強会を実施しました。
諏訪ノ森駅舎については自治連合会を中心に集まり、この校区で初めての「町を考える勉強会」が行われ、地域や諏訪ノ森駅舎に関して住民の抱くイメージが、初めてまとめられ公表されたのでした。しかし、参集したメンバーは限られていて、必ずしも地域の意向を反映しているとは言えませんでした。

平成17年8月23日 南海本線(堺市)連続立体交差事業に関する都市計画決定
平成18年11月7日 事業認可
平成18年11月26日 第1回堺市主催市民ワークショップ勉強会開催
平成19年2月2日 第2回堺市主催市民ワークショップ開催
平成19年3月2日 第3回堺市主催市民ワークショップ開催
平成19年4月13日 第4回堺市主催市民ワークショップ開催

さらに堺市において政策決定のための庁内会議や学識者検討会議、また市民に広く呼び掛けてメンバーを募る「駅舎保存活用懇話会」が4回実施され、地元でも諏訪ノ森駅舎保存に関してより地域の声を集約できる組織が必要となりました。
会議そこで学校との連携に関わるメンバーやその他有志、自治会組織が中心となって推薦による会員増強を行い「諏訪ノ森駅舎(の保存)を考える会」が結成されました。全体会議がH19年6月10日の第1回に始まり、駅舎保存の是非や活用に関して検討協議を重ね、行政を巻き込み、住民の意識調査などを経て、H 20年4月27日の第9回目にようやく「駅舎移設位置の決定」までこぎつけました。 その後も勉強会を実施しH20年12月にはクリスマスイベントをさらにその他地域のイベントでも駅舎保存やPR活動などに取り組みました。

3. 社会に認知される活動へ
(まちづくりグループ 浜寺諏訪森を考える会発足)

平成21年3月22日の全体会議では、駅舎の保存活用を考えるためには浜寺諏訪森全体のグランドデザインを視野に入れることが必要、という観点から、会の名称を「浜寺諏訪森を考える会」に変更しました。さらに堺市まちづくり市民組織の「まちづくりグループ」として申請し、4月19日には改めて総会を実施し、年度事業としての新たなスタートを切ることになったのです。

4.NPO法人の活動
(特定非営利活動法人浜寺諏訪森を考える会設立)

平成26年4月1日に、浜寺諏訪森を考える会は、特定非営利活動法人の登記を完了しました。法人格を持ったからといって、会の活動が大きく変化するということがありませんが、会の運営の組織化と情報公開については従来とは次元の違う形になりました。 発足当日には臨時理事会を開催して、新規の事業体制を確認しました。また会員に対して法人の成立を報告するために、4月20日に全体会議を開催しました。その際、法人の成立と旧事業の清算が完了して事業の移管が行われたことが報告されました。

NPO法人設立の記録